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ビブリオバトルで困ってる人に勧める正しい本

九月、東京の路上で ジェノサイドの残響 加藤直樹

山本弘著「BISビブリオバトル部」の参考文献であるこの本について紹介したいと思います。
まえがきに、この本では東京で起こったユーゴスラビアルワンダのようなジェノサイドが起こったことを「感じる」本だと明記してあります。
最低限の説明は入れたが主要な出来事やもっとも残酷な事例を集めたものではないと。
したがって、この本に載っている虐殺例以上の虐殺がこの本に載っている虐殺規模以上に行われたことは明白です。
普通の人々がレイシズムに動かされて虐殺に手を染める姿がこれほどまでかと書かれた本ですが、これでもまだ主要な出来事や残酷な事例を集めたものではないという事実に驚愕します。
21世紀の東京で起こることはないのだろう。しかし自警団は一九九五年の阪神大震災でも登場している。筆者の友人のジャーナリストは深夜被災地を移動中に泥棒と間違えられバットをもった自警団に取り囲まれています。
そして、阪神淡路大震災でも東日本大震災でも、外国人が悪事を働いているといった類の流言は存在しました。東京で大地震が起こるときも必ず流されるでしょう。それが犠牲者を生む可能性は否定できません。
東京を再び大地震が襲った時にどのような発想をするだろうか。外国人の暴動を心配するだろう。火災の拡大を見たときに外国人の放火を疑うだろう。そのままインターネットに垂れ流すだろう。やっぱりかとそれをさらに拡大する。事実かどうかなんてどうでもいい、外国人をたたく絶好の機会だとはしゃぐだろう。
その先に何が起こるのか。
虐殺の事実を否定することは、未来の虐殺の準備をすることになります。
それは九〇年代の歴史認識問題から始まりました。南京大虐殺や日本軍「慰安婦」などの史実を打ち消すために、被害者、被害国の「非人間化」が必要だったのです。
右翼政治家たちがしかけメディアが展開する集団ヒステリーのような「非人間」化=レイシズムキャンペーンを誰もが疑問に思わない状況、それはどこに行き着くのだろうか。
PCでネットを眺めていて、一日に一度も韓国や韓国人の悪口を聞かないですむことはまずない。韓国政府への批判を超えて、朝鮮民族への憎しみとレイシズムが色濃くにじんでいる。
この10年こうした状況が続く中で、多くの人がそれを異常と感じることをやめてしまった。
在日コリアンの少年少女たちはどんな気持ちでPCの前に座るのだろうか。
実は虐殺にいたる数年間も朝鮮人蔑視の風潮が強まっていた。植民地支配からの三一独立運動、この事件で日本人民間人の死者は0であったが、暴徒化した朝鮮人が日本人を襲っているという構図で伝えられた。
レイシズムはそれに合致する事実の断片を寄せ集め、その帰結として関東大震災朝鮮人虐殺によって固定化された。
インターネットを通じてレイシズムは新しい形で蘇ってきた。
私達はいまだに植民地支配が作り出した朝鮮人虐殺の残響が続く時代を生きている。
このような内容に対して批判する勢力もありますが筆者の言葉をもう一度思い出してください。
虐殺の事実を否定することは虐殺の準備をすることです。